兄が亡くなって14年になります。

普通に幸せな日曜日を過ごし、普通に月曜日の朝を迎えるはずでした。

起きてこない兄を起こしにいった甥が見つけた時にはもう・・・

月曜日の朝に姪から電話があり失意のどんぞこになった時に、一番に思ったのは

なんで?こんなに天気が良いのに?と思ったのでした。

あとから考えてみるのに、普通の天気のいい日常で、世の中は普通に動いてて、兄や兄の家族、私も母も時間が止ってしまったから・・・かなと思います。

どうしてこんなに悲しいのに、みんな普通なの?と。

突然大好きだった兄を失った私は、ほぼ毎日お風呂の中で泣きました。お風呂に潜って泣くと、家族に解らないように泣けるから・・・心配かけることなく、感情を吐き出せるから・・・です。

心にぽっかり穴が空き、どうやったらその心の穴を埋める事が出来るのかわからず、もがき苦しんでいたあの頃

そして兄が残した3人の子供達、奥さん、息子を失った母の事も想い、その分の悲しみもずっしりと乗っかっていましたね。

麻央さんのように、数年にわたって心と体に痛みを伴う病気と闘った末 亡くなるのもとても悲しい事ですが、兄の様に何の予知も無く突然この世から居なくなると、言いたかった事、残したかった事がたくさんあっただろうと思うと、心残りであった事を想像するのには、限りなく湧き上がって来て悲しみも日を追って迫ってくるような気さえしていました。

そんな事を海老蔵さんと麻央さんの事をテレビでやるたびに思い出しています。

兄の3番目の子は4年生でしたけれど、父親参観日の紙をランドセルの中でぐちゃぐちゃにしていたそうです。

麻央さんが守りたかった二人の小さな子供達がこれから母無き道を歩いて行くと思うと、心が押しつぶされそうです。

小さな子供を残してこの世を去らなければならない人は病気よりも苦しい心をこの世に残して逝かなければなりません。

母であれば、みんな子供たちが大きくなるまで生きていたいと願いますよね。

 

私もそう思ってずっと生きてきました。

子供を抱きしめた時、何があっても守ってやろうと命をかける決意をするものです。

ありがたい事に私の場合は社会に出せるまで元気で生きて来れました。

そして今日、52歳の誕生日を迎えます。

兄の分も生きています。

毎年5週目になるので、毎年私の誕生日はお休みです。(笑)

母に感謝します。

そして、この世に生まれて生かせていただいてるありがたみをしっかり考える日だと思っています。

大事な人が居なくなっても自分は生きて行かなければならない。悲しみを受け入れ、現実を受け入れ、立ちあがって前に向かって歩いて行かなければならない。

海老蔵さんも両腕に小さな子を守り、きっとそう思って少しずつ前を向いて歩いて行かれる事でしょう。

がんばって!

私も、日々後悔しない日常を生きて行きたいと思います。

 

では、バーゲンに行ってきます。(#^.^#)



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